AI最適化が拓く電源回路設計

AI最適化が拓く電源回路設計

どのような電子機器でも必ず搭載されているパワーコンバーター(電力コンバーター)。このパワーコンバーターはアナログ技術の塊であるため、その設計難易度は非常に高いです。経験がモノを言う分野です。ところが、豊富な経験を持つベテラン技術者は徐々に引退しつつあり、電源関連メーカーは「技術の継承」に苦戦しているのが現状です。しかも昨今の理系離れや電気電子工学に対する人気の低下、ものづくりを志す若者の減少などが、こうした苦戦に拍車を掛けています。このため電源関連メーカーは、電源設計を担う人材をいかに確保するかという課題を抱えています。

この課題の解決を目指し、千葉大学 大学院情報学研究院の教授である関屋大雄氏は、パワーコンバーターの設計時に役立つ人工知能(AI: Artificial Intelligence)利用の自動最適化ツールに関する開発を進めています。具体的には、ターゲットとなる電源回路の仕様を入力すれば、回路トポロジーのほか、最適なスイッチング素子やトランス、キャパシタ、インダクタなどの種類や定数などを自動的に最適化するシステムです。そこで今回は、現時点における研究開発の進捗状況や、実現に向けた課題などのほか、回路シミュレーターとしてスマートエナジー研究所の「Scideam(サイディーム)」を採用した理由などについて聞きました。

千葉大学 大学院情報学研究院
数学情報科学専攻情報科学コース
情報・データサイエンス学部

教授 関屋大雄 氏

AIで経験を数値化する

―――現在、関屋教授の研究室では、人工知能(AI: Artificial Intelligence)を用いたパワーコンバーター(電力コンバーター)の設計最適化ツールを開発中だと聞きます。なぜ、電源回路の設計にAIを適用しようと考えたのですか?

関屋 私はパワーエレクトロニクス(パワエレ)分野の出身ではありません。情報通信の分野からパワエレの世界に入ってきました。それが強く影響しているのでしょう。

パワエレ分野は、確かに「経験がモノを言う世界」です。しかしデジタル技術と無縁ではありません。実際に、これまで「経験がモノを言う分野」と言われていた世界にデジタル技術を適用したことで、逆に「デジタル技術がモノを言い始める」というケースが出てきています。代表的なのは、酒造会社の「獺祭」でしょう。同社は、センサーなどを導入して温湿度を徹底的に監視し、安定した日本酒の味を実現できるようになりました。この結果、現在のような大規模な酒造会社に成長できたのではないでしょうか。

パワエレ分野も、計算機(コンピューター)を使って経験を数値化できるはずです。そうすれば、電源回路設計を経験から解放できると考えています。もちろん、パワエレに惹かれる学生数が減っていたり、産業界でパワエレ人材が獲得しづらくなったりしていることへの対策という側面もあります。

―――なぜ、パワエレ分野の経験も計算機で数値化できると考えたのでしょうか?

関屋 いまパワエレの分野では、データセンター用電源が話題になっています。こうした新しいアプリケーションが出てくると、それに対して新しい設計仕様が与えられます。これを受けて電源技術者は、その仕様を満たす電源回路を設計するわけですが、そうした設計作業の中で画期的な新しい回路形式が生まれるかと言えばそうではない。実際の設計作業は、仕様に合致した回路トポロジーや回路素子を取捨選択することが中心です。つまり電源技術者が最適化の作業に取り組んでいる。そうであれば最適化が得意なAIで経験を数値化できるのではないかと考えました。

ところが、これまでは計算機の処理能力(マシンパワー)が足りず、取り組みたかったが取り組めませんでした。この状況を変えたのは、近年のマシンパワーの著しい向上です。私の研究室ではまだGPU(Graphic Processing Unit)を使っていませんが、CPU(Central Processing Unit)でも性能がものすごく高まっています。

新型コロナウイルスのパンデミックが発生する前、つまり5〜6年前は1週間ぐらい必要だった計算時間が、マシンパワーの向上で今では実用的な時間で実行できるようになりました。例えば、スマートエナジー研究所の回路シミュレーター「Scideam」を使えば、4〜5時間で実行できます。このくらいの実行時間であれば、何度も繰り返しながら最適化作業を進められます。恐らく、人手だけで作業すれば、半年から1年ぐらいかかってしまうでしょう。

電源回路のデジタルツイン

―――電源回路設計にどのようにAIを適用するのですか?

関屋 現在取り組んでいるのは、パワーコンバーター(電源コンバーター)の設計に、AIを使った最適化の手法を適用することです【図1】。デジタルの世界で最適化し、最終的にリアルの電源回路に落とし込む。少ない試行錯誤で、電源回路開発を最終段階まで持っていくことが目的です。言わば、計算機の中に電源回路の「デジタルツイン」を作る取り組みと言えるでしょう。

電源回路を構成する素子の種類や定数といったすべてのパラメータに対して、ユーザーが与えた条件に合致するように最適化します。最適化の対象となるのは、インダクタやキャパシタのすべてのほか、スイッチング素子(種類の選択肢は10個程度)、トランスコアの材料(種類の選択肢は10個程度)、巻線の太さ(種類の選択肢は10種類)、ギャップ長(アナログ値)などです。

最適化を実現する手法は総当たりではありません。遺伝的アルゴリズムや粒子群最適化(PSO:Particle Swarm Optimization)、焼きなまし法などのアルゴリズムを組み合わせて作ったプログラムコードを独自に作成し、知的な方法で実行しています。人間が力技で取り組もうとも、到底実現できないでしょう。

【図1】パワーコンバーター(電力コンバーター)
パワーコンバーター(電力コンバーター)とは、交流電圧や高い直流電圧などの入力を、電子機器の動作に必要な低い直流電圧などに変換する電源回路。スマートフォンや電気自動車(EV)にも搭載されている。

―――AIの使い方を具体的に教えてください。

関屋 AIという言葉の定義はさまざまです。AIが意味する領域はとても広く、知能的な演算処理全体をAIと呼ぶケースもあります。私たちのAIの活用方法は、この範囲内にあります。具体的には「最適化」という手法です。

―――AIと言えば学習や推論いう作業を思い浮かべます。

関屋 今回使ったAIは、「データドリブン」ではありません。つまりニューラルネットワークではないため、データを入力して学習させ、その結果を使って推論するといった方法は使っていません。前述のように、計算機を使った最適化です。これも広い意味では、AIを活用した計算事例と呼んで差し支えありません。

人間の設計を超える成果が得られる場合も

―――どのようなパワーコンバーター(電源コンバーター)を設計可能ですか?

関屋 現時点ではまだ、回路トポロジーはユーザーが与えなければなりません。ただし、今後マシンパワーがもっと高まれば、もしくは並列計算を導入すれば、最適な回路トポロジーを計算機が選んだり、もしくは自ら作成したりするが可能になると見ています。

現時点では、ユーザーが指定した回路トポロジーを基に、その回路を構成する素子の種類や定数を計算機が最適化します。その最適化の結果を、実際に電源回路を組んで検証したところ、計算値とほぼ同じ結果が得られています。

―――計算精度は非常に高いということですか?

関屋 はい、高い精度が得られています。しかしそれだけではありません。人間が設計した電源回路よりも、良い結果が得られるケースもあります。計算機でトランスコアを設計したケースで、人間では思い付かないような結果を出してきたのです。通常、トランスコアのギャップ長は0.1mm程度です。ところが計算機は1mmという数字を出してきた。こんな大きなギャップを人間は思い付かない。ところが計算機は「大きなギャップ長で少ない巻線がベスト」という結果を導き出したのです。

人間は、常識や経験にしばられる傾向があります。常識にしばられていたら、1mmという数字は出てきません。もちろん人間も試行錯誤すればたどり着けるかもしれませんが、計算機であればものの数時間で答えを出してきます。計算機はピュアだから、常識や経験にしばられないのです。このため、人間の設計に比べて、より良い電源回路が得られる可能性があるのです。

―――実際にどのような電源回路を計算機に設計させたのですか?

関屋 EV充電を視野に入れた電源コンバーターで、回路トポロジーはLLC共振です【図2】

図2】自動最適化の対象となるLLC共振コンバーター
自動最適化の対象は、ワイヤレス給電システムに向けたLLC共振コンバーターである。

最適化の条件は、「入力電圧範囲は80〜200V」「出力電圧は400V一定」「スイッチング周波数は200V入力時に1MHz」「変換効率を最大化する」の4つです。つまり、入力電圧の変動に対して、スイッチング周波数を制御して、最大の変換効率で400Vの電圧を出力する回路を実現すべく、回路を構成する素子の種類や定数を計算機に最適化させました【図3】

【図3】実験による検証
3つの回路条件、すなわちDesign(i)、Design(ii)、Design(iii)の変換効率と動作周波数(スイッチング周波数)について、解析結果と実験結果を比較した。高い精度が得られている。

このようにスイッチング周波数は最大で1MHzと高い。このためトランスコアの損失(コア損)は、巻線の損失に比べて大きくなってしまいます。そこで計算機は、コア損を小さくすることを優先させた答えを弾き出したのでしょう。つまり、磁束密度(B)を小さくするためにギャップ長を広げたのだと分析しています。

しかも、計算機が出した答えをよく見るとソフトスイッチングが達成されていました。ただ単に、「変換効率を最大化する」という条件を与えただけで、結果的にソフトスイッチングが実現された。人間は、変換効率の向上を追求した結果、ソフトスイッチングの開発に至り、実際の電源回路でそれを実現できるようにと努力してきました。

ところが計算機は、「変換効率を最大化する」という条件を与えるだけで、結果としてソフトスイッチングで動作する電源回路を実現する【図3】。人間が10〜20年も研究開発を続けてたどり着いた答えに、計算機は数時間で到達したわけです。この答えを見たとき、かなり驚きました。ただし逆説的には、人間が取り組んできた研究開発の歩みは間違いでなかったことが証明されたと言えるでしょう。

精度と計算時間のバランスが重要

―――次の開発目標はなんですか?

関屋 今回の開発で電源回路と磁性素子(トランスやインダクタ)に向けた自動最適化ツールを実現する道筋をつけました。次は挑戦するのは、回路トポロジー、熱、ノイズ、プリント基板の4つの分野に向けた自動最適化ツールの開発です。

いずれも計算の対象がかなり複雑であり、現在の計算機でもまだマシンパワーが足りません。そこでキーワードになるのが「サロゲートモデル」です。サロゲートモデルとは、日本語に翻訳すれば代理モデル、もしくは代替モデルです。具体的にはどんなものか。例えば、トランスコアの損失を計算する場合は、スタインメッツの式を使います。これがサロゲートモデルの1つです。端的に言えば、物理的な方程式であり、近似式です。この式に必要なパラメータを代入すれば、コア損が一瞬で計算できます。確かに、3次元電磁界シミュレーターによる解析に比べれば精度は落ちます。しかし、3次元電磁界シミュレーターは高い精度で解析できますが、計算時間が非常に長い。精度と計算時間(計算量)のバランス。つまり、どの程度の精度と計算時間であれば許容範囲なのか。それを常に考える必要があるでしょう。

AIの世界では、こうしたバランスのことを「マルチフィデリティ」と呼びます。精度が異なる計算手法を複数用意しておき、計算量を考えてどの計算手法を採用するかを考える。恐らく、熱もノイズも最初は簡易なモデルを使って計算することになるはずです。例えば、熱の場合は、スイッチング素子の熱解析モデルはすでに存在しています。これにヒートシンクのモデルを組み合わせれば、簡単な熱伝導の方程式を記述できます。

―――ニューラルネットワークの適用は考えていませんか。

関屋 それは考えています。確かに、簡易モデルには誤差が含まれています。そうであれば、ニューラルネットワークを使って補正すればいい。3次元電磁界シミュレーターの解析結果をデータとし、それをAIに学習させて簡易モデルによって得られた計算結果を補正すればいいだけです。この方法であれば、計算量は極めて少なくて済みます。

―――何年後に実現できそうですか?

関屋 そんなに遠い未来ではありません。なぜならば、AIが使えるためコーディングにあまり時間がかからないからです。AIは天才プログラマーです。3年前だったら「10年かかる」と答えたと思いますが、今なら「4、5年でできる」と答えます。

Scideamの最大のメリットは高速性

―――開発した自動最適化ツールでは回路シミュレーターにスマートエナジー研究所の「Scideam」を採用していますが、その理由を教えてください。

関屋 3つのシミュレーターを比較し、その中で最も実用性が高かったScideamを採用しました。比較したシミュレーターは以下の3つです。すなわち、当研究室で作成した自前のシミュレーター(ソルバー)、市販のSpice系シミュレーター、Scideamです。

最初は自前のソルバーで開発を進めていたのですが、使い勝手を高めるため市販のSpice系シミュレーターを導入しました。最適化作業の過程では、パラメータを変更しながら何度もシミュレーターで計算しなければなりません。1つの答えを出すのに約1万5000パターンの定常解を出す必要があります。ところが市販のSpice系シミュレーターはパラメータの変更のたびに、シミュレーター自体を立ち上げ直す必要があったのです。これによって計算時間が非常に長くなっていました【表1】

一方でScideamは、立ち上げ直すことなくパラメータを変更して何度も計算できるため、計算時間を大幅に短縮できます。この点を高く評価し、Scideamの導入を決めました。

シミュレータトポロジー拡張定常波形導出
solver
1回あたりの評価時間パラメータ最適化時間
(80,000 evals)
関屋研究室製困難(固定)BDF21.1秒2時間21分
Spice系シミュレータ可能Gear20分
Scideam可能Steady-State Analysis0.06秒8分

【表1】シミュレーターによる計算コスト比較
対象回路:EF級インバータを用いたWPTシステム
当研究室で作成した自前のシミュレーター(ソルバー)、市販のSpice系シミュレーター、Scideamというシミュレーターを比較した結果である。計算時間はScideamが圧倒的に短かった。

―――研究開発におけるScideamのメリットは、このほかにもありますか?

関屋 最適化の作業は、回路シミュレーターの解析が定常状態に移行すると、そこで完了となります。つまり過渡解析を実施し、定常状態に入るまでは、何度も計算を繰り返す必要があります。

市販のSpice系シミュレーターを使う場合は、過渡計算を200周期分実施しないと定常状態に入りません。この作業にも非常に長い時間がかかります。ところが、Scideamは圧倒的に短い時間で定常解を求められる。なぜならば、過渡解析をせずに、別のアルゴリズムを使って定常解を求めているからです。

しかし、圧倒的な計算スピードの速さは何ものにも代えがたい。マルチフェデリティの考え方を取り入れて、計算方法自体を工夫すれば大きな成果を挙げることができるでしょう。例えば、まずは計算スピードが速い Scideam で解が存在する領域を絞り込む。その後、高い精度が得られる3次元電磁界シミュレーターなどを使って、狭い領域を対象に計算し、ピンポイントで解を探すわけです。こうすれば短時間で高精度な解を求められるでしょう。

*1) 高速性を保ちながらスイッチング素子を考慮できる機能、LITEモード損失解析はver.2.16で実装済みです。

―――このほか、大学、もしくは研究室でのScideamの活用方法を教えてください。

関屋 研究室では、電気/電子回路の教育で活用しています。とにかく短時間で結果が出ることが極めて重要です。もちろん実験も大切ですが、シミュレーターですぐに解析し、得られた結果をフィードバックして改善する。これを繰り返すことで、基礎的な分野をより深く学べるようになります。もちろんScideamは高速だと言っても、ほかの市販シミュレーターと比べて1回の計算で短縮できる時間はわずかでしょう。しかし、何度も繰り返してシミュレーションしなければならないため、「塵も積もれば山となる」わけです。このメリットは、教育の現場では非常に大きいと感じています。

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投稿者:

スマートエナジー研究所