「Scideam」を使った30MHz超<br>共振インバータへの挑戦<br>~共振初心者による闘いの記録~

「Scideam」を使った30MHz超
共振インバータへの挑戦
~共振初心者による闘いの記録~

前書き

共振インバータの解析は、理論だけでなく実機挙動の把握も求められる、非常に高度な技術領域です。

東亜エレクトロニクス株式会社ハマトウカンパニー様では、この課題に対し、高速回路シミュレータ「Scideam」を活用して600kHz共振回路の動作不具合解析に取り組まれ、さらに、30MHzを超えるスイッチングにも挑戦されています。
シミュレーションと実機検証を繰り返す中で、回路動作の理解を深められ、設計再現性の向上や技術継承にも成果を上げられています。

本記事では、55歳で新たな専門領域に挑戦された同社技術者の実践プロセスと、Scideam活用によって得られた成果を寄稿いただきましたのでご紹介いたします。

スマートエナジー研究所 技術ブログ編集部

はじめに

かつて、民生機器および通信機器向けのAC-DCコンバータ電源回路の設計・量産業務に、約10年間(1992年〜2003年)携わっていました。いわゆる「電源回路設計」や「製造技術」としてのキャリアです。

その後、転職を機にパワーエレクトロニクス分野から離れていましたが、約20年の歳月を経て、再びこの分野に携わる機会を得ました。しかも今回のテーマは、私にとって未経験であった「共振インバータ回路」を搭載する産業機器における動作不具合の対策という、非常に挑戦的な課題でした。

未経験からの再出発

非共振コンバータの設計に従事していた私にとって、インバータ回路も共振回路もまったくの未経験分野でした。さらに、回路シミュレーションの経験もなく、社内に技術的な指導者もいないという厳しい環境でのスタートでした。

そこで、複数の共振回路の専門書籍で知識を深めるとともに、大学教授や専門家によるオンライン講義動画の視聴、日本パワーエレクトロニクス協会の技術セミナー受講など、入手可能なあらゆる学習リソースを活用し、基礎理論からの独学を開始しました。

この学習プロセスが、共振インバータ技術のリスキリングの入り口となり、約20年のブランクがある技術者にとって、不可欠かつ効果的なアプローチであったと思います。

「Scideam」との出会い

この挑戦に取り組む数年前、前職時代の同僚技術者から高速回路シミュレータ「Scideam」を紹介されたことがありました。当時は設計業務に直接関わっていなかったため、社内技術者への紹介にとどまりました。

しかし、共振インバータ回路の不具合解析という課題に直面し、600kHzの共振シミュレーションを行うため、高速過渡解析に強い「Scideam」の導入を決断しました。共振回路の複雑な動作原理を理解するうえで、欠かすことのできない解析環境でした。

振り返れば、このツールの存在を事前に知っていたことが、リスキリングへの挑戦を決意する大きな要因となったと感じています。

未知のツールとの格闘

以下は、初めて使用する回路シミュレータ「Scideam」の導入初期における、試行錯誤と心理的葛藤の記録の一部です。

    とりあえず回路を構築 ⇒ エラー発生 ⇒ パラメータを変更

    ⇒ 再びエラー ⇒ 一週間以上エラーが解消せず ⇒ 技術サポートに相談

    ⇒ 設定を見直す ⇒ エラーは消えるが、期待した波形が得られない

    ⇒ 微調整 ⇒ 共振波形が出現 ⇒ 部品を追加 ⇒ 波形が破綻

    ⇒ 元に戻す ⇒ 元に戻らない ⇒ シミュレーションデータの保存忘れ

    ⇒ 落胆 ⇒ 約一週間シミュレーションから離れる

    ⇒ 気を取り直して再挑戦 ⇒ 回路をゼロから再構築 ⇒ 微調整

    ⇒ 成功 ⇒ 忘れずにデータ保存 ⇒ 実機に合わせて部品を追加

    ⇒ 波形破綻 ⇒ 再調整 ⇒ 成功

このような試行錯誤を幾度となく繰り返し、期待と挫折を交互に味わいながらも、次第に操作に慣れ、理論波形に近いシミュレーション結果を得られるようになりました。

これらの経験は、単なる操作ツールの習得にとどまらず、学習過程にあった共振インバータの動作をより深く理解するための貴重なプロセスとなりました。

周波数特性を持つ負荷を含めたLC共振動作

共振インバータ回路の負荷には固有の共振点が存在し、その共振周波数におけるインピーダンス特性や電圧・電流間の位相差を考慮したLC共振の調整が必要となります。

シミュレーションでは、インダクタンス(L)やキャパシタンス(C)の値を変化させた際に共振状態がどのように変化するかを把握し、さらに実機でのトライ&エラーを重ねることで、共振点を持つ負荷への調整が可能になりました。

このプロセスを通じて、負荷を含めた共振特性について定性的・定量的な理解が深まり、リスキリングで得た理論と実機実験での試行錯誤が結びついた成果となりました。

インバータ負荷のインピーダンスと位相差 (画像はイメージであり実際のものとは異なります)

新世代FETとの格闘

600kHz共振インバータの動作不具合の主因は、従来のFETが保守廃止(EOL)となり、代替として採用した新世代FETの寄生容量特性に起因していたことが分かりました。

一般に、オン抵抗の低いFETほど寄生容量が大きく、ゲート・ソース間電圧(矩形波)の立ち上がり・立ち下がりが鈍化し、スイッチングの不安定化を招きます。

新しいFETでは、オン期間中のドレイン・ソース間電圧が低い状態において、従来品と比べて出力容量(Coss)が約10倍に達するケースがありました。これにより、ゲートに必要な電荷量が増加し、ドライバ回路の駆動能力が不足している可能性があると示唆されました。

保守廃止FET(水色)と新世代FET(黄色)の出力容量(Coss)の差異

この問題に対しては、実機実験によりゲートラインに最適容量のスピードアップ・コンデンサを追加することで、三角波状に変形していたゲート波形を本来の矩形波に近い形状に改善しました。

さらに、「Scideam」のスクリプト機能を使い、ドレイン・ソース間電圧に依存性を持つ出力容量(Coss)の容量変化を反映したシミュレーション解析を行うことで、実機に近いスイッチング波形の再現が可能となりました。

※理論波形は茨城大学パワーエレクトロニクス研究室のYouTube動画から転載

当初の目的であった動作不具合の対策は、スピードアップ・コンデンサ追加によるゲート波形の改善によって達成することができました。

さらに、シミュレーションで得られたVds波形とId波形が、対策後の実機の波形と近似していることを確認できたことが、正常動作の裏付けとなりました。

実機とシミュレーションの乖離(ギャップ)

理想的なシミュレーション波形が得られたとしても、実機では基板パターンやケーブル配線に起因するLC寄生成分の影響により、結果が一致しない場合が多々あります。

この600kHz共振インバータ組み込み機器も、システムの構成上、特殊負荷の使用、ケーブル配線が長い、また基板の修正ができないなどの制限もあり、実機とシミュレーションのギャップが生じていました。

このギャップを埋めるため、まずは実機の正常動作を優先し、シミュレーション上で実機波形に近づけるための「調整値」を加えることで、妥協点を見出しました。

今後は、この「調整値」が必要となる根本原因を明らかにし、対策を進めることで、より精度の高い共振インバータの設計開発につなげたいと考えています。

MHz帯共振インバータへの挑戦

600kHz共振インバータのシミュレーションや実機の不具合対策を通して得られた知見や調整方法をもとに、新たな共振回路トポロジーを「Scideam」で解析し、試作基板で共振調整を行いました。その結果、3MHz、5MHz、10MHz、20MHzなどさまざまな動作周波数の共振動作が可能となり、現在では30MHz超の共振インバータの実機動作に成功しています。

「Scideam」で安定動作を確認できれば、基板設計や実機検証も円滑に進み、シミュレーション上で想定した挙動が実機で7〜8割程度の再現性で実現できるようになりました。

得られた知識や技術、その継承

本プロジェクトを通じて、共振回路およびインバータ回路の理論を幅広く体系的に学ぶことができました。特に、電流共振と電圧共振の違いやE級アンプの動作原理など、設計応用に直結する知見を得られたことは大きな成果です。

学生時代に学んだLC共振の概念を、シミュレーションと実機検証を通じて「見る・聞く・触れる・感じる」といった五感を通じて、体感的に理解できるようになりました。

シミュレーション回路とその波形、そしてそれを元に作成した実機は、後進にこの技術を継承するうえで非常に有用な教材となっています。

また、知識の習得方法や情報源、得られた知見や気づき、開発の進め方、性能評価の手法などなどを後輩が学びやすいよう、可能な限りの技術情報をパワーポイント資料にまとめ、アニメーション機能を活用することで、理解度を高める工夫をしています。

口伝に頼りがちな電源回路の動作原理や仕組みについては、個人のペースで何度でも読み返せる形式に整理し、さらに疑問や質問にいつでも対応できるよう準備を整え、継続的な技術継承が行える体制を築いています。

「習うより慣れよ」の実感

特殊な負荷に対する共振調整は、理論的にも実験的にも極めて難解です。

しかし、600kHz共振インバータを1年半にわたりシミュレーションと実機検証を反復したことで、徐々に直感的な理解が得られるようになりました。

上記で説明した30MHz超の実機動作が成功し、現在は40MHz超の実機動作を目指しつつ、シミュレーション上ではGHz帯の共振動作に成功しています。

「Scideam」の操作に習熟し、さまざまな動作周波数のLC共振調整を繰り返したことで、数十MHz発振の共振インバータの動作原理を体感的に理解できるようになったことは、まさに「習うより慣れよ」という格言を実証する経験となりました。

おわりに

約20年ぶりにパワーエレクトロニクス分野に復帰し、未経験ながら共振インバータ回路に挑戦したこの経験は、私にとって非常に貴重な財産となりました。

転職により電源設計から離れた際、「もう共振回路やインバータの開発に関わることはないだろう」と思っていましたが、思いがけず本プロジェクトで両方の技術に携わることとなり、人生の予測不可能性を実感しました。

今後は、前職で培った統計解析による品質管理手法を活用し、共振インバータの量産品質の確保や歩留まり向上に取り組みたいと考えています。

日々進化する技術に追随するためには、幅広い技術情報の収集、継続的な学習姿勢、そして新しいツールを積極的に受け入れる柔軟性が不可欠です。

高速回路シミュレータ「Scideam」を活用することで、未知の回路トポロジーであってもPC上で事前に検証できるようになり、従来の実機中心の試行錯誤では到達が難しかった30MHz超の共振インバータ動作にも短期間で辿り着くことができました。導入時の苦労も、今では確かな成長につながる貴重な経験です。

ここまでの取り組みは、私自身のキャリアや思考を基に進めてきた結果ですが、新しいことに挑戦する柔軟性こそがリスキリングの本質であり、技術者として再成長するために必要な心構えだと改めて実感しています。

最後に、本不具合対策やMHz帯共振インバータ開発にご協力やアドバイスをいただいた皆様に深く感謝申し上げます。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

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投稿者:

スマートエナジー研究所