村田製作所様 導入事例
ーAll-in-One 蓄電池システムにScideam活用ー

投稿者: スマートエナジー研究所 投稿日:

超多機能な蓄電パワコンのモデルベース開発、ソフト品質の向上と開発期間の短縮をもたらす

インバータや双方向DC-DCコンバータ、蓄電池などを内蔵した住宅用太陽光発電向けパワー・コンディショナを製品化する村田製作所。
2012年に開発に着手したときに「モデルベース開発」を導入し、開発期間の短縮やソフトウエア品質の向上などを図ってきました。その取り組みに貢献したのが弊社の電源回路シミュレータ「SCALE/Scideam」。現在、村田製作所はSCALE/Scideamをどのように活用しているのか。開発者にその詳細を聞きました。

村田製作所の「All-in-One蓄電池システム」

2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするーーー。
これは2020年10年26日に菅義偉政権が掲げた日本の国際公約である。この公約を実現するには、再生可能エネルギーの大量導入が必要不可欠です。すなわち今後日本では、太陽光発電システムや風力発電システムなどが広く普及すると見られています。

村田製作所は、その太陽光発電システムに向けたパワー・コンディショナ(パワコン)を製品化する大手メーカーの1社です。同社の製品の特徴は、インバーターや双方向DC-DCコンバータといった基本機能のほかに、蓄電池なども内蔵する「All-in-Oneシステム」という点にあります。

このため、一般住宅の屋根に取り付けた太陽電池で発電した電力を電力系統経由で販売するだけでなく、自家消費したり、災害時に備えたりとフレキシブルな使い方ができます。

5.5kW出力のパワコン「MPR01S5535MR」
製品の詳細は、こちらから
https://solution.murata.com/ja-jp/products/ess_residential/

導入に向けての背景

超多機能な電源の開発に向けて

村田製作所がパワコンの開発に着手したのは約9年前の2012年のこと。開発当初から、All-in-Oneシステムの実現を目指しており、開発の難易度は高くなることが予想されました。

同社のパワーモジュール事業部 サブシステムプロダクツ商品部 設計2課でマネージャを務める柴田浩平氏によると、
「開発対象は、インバータや双方向コンバータ、蓄電池、保護機能などを搭載する『超多機能な電源』。しかもデジタル制御方式を採用するため、ソフトウエアのコード量は極めて多くなる。そこで先進的な開発手法が必要だと考え、モデルベース開発の導入を決めた」とのこと。

モデルベース開発とは

モデルベース開発とは、非常に複雑な組み込みシステムに向けた最新の開発手法です。車載システムの開発から採用が本格的に始まったが、現在ではロボットや医療システム、電源システムなどの開発にも広まっています。開発の流れがV字を描くため「V字プロセス」とともに利用されます【図1】

【図1】 太陽光発電用パワコンのモデルベース開発

モデルベース開発ではまず、組み込みシステムを構成する制御機能や、制御対象の電気/電子回路、保護機能などの各要素を設計し、それをソフトウエアによる「モデル」として記述します。これらのモデルをコンピュータ上で組み合わせて仮想的な組み込みシステムを作成し、動作や機能、性能などをシミュレーションで検証します。

こうして設計の完成度を高めることで、ハードウエアとソフトウエアを組み合わせた実機を試作した後の「設計の手戻り」を大幅に削減できます。
「モデルベース開発を使えば、開発期間の大幅な短縮とソフトウエア品質の向上を実現できる」(柴田氏)。

選択のポイント

ー解析速度が大幅に高いー

村田製作所では、制御機能のモデル化やシミュレーションなどには米MathWorksの「MATLAB/Simulink」を採用。
制御対象である電源回路のシミュレーション用モデル(プラントモデル)の作成には、スマートエナジー研究所の電源回路シミュレーター「SCALE(スケール)」を採用。

なぜSCALEを採用したのか。
柴田氏によると、「解析速度がほかの電源回路シミュレータよりも大幅に高い」ことを挙げました。
SCALEはスイッチング電源に特化した解析アルゴリズムを採用します。
いわゆる「可変ステップ方式」を使っており、シミュレーションの刻み幅を状態変化が大きい場合は細かく、小さい場合は粗くする。計算精度を落とさずに、計算回数を減らせるため、高速な解析を実現できます。

なおSCALEは2019年11月に、解析速度が高いという特徴はそのままに、ユーザー・インターフェースやグラフ・ビューワーを改良した「Scideam(サイディーム)」にバージョン・アップしています。

Scideam活用例

活用例1:プラントモデルを作成

現在、村田製作所ではScideamをパワコンの新製品開発のほか、その次世代機に向けた要素技術の開発でも活用中です。ここでは3つの具体例を挙げて、実際の活用方法と、その際に得られるメリットについて解説します。

1つ目の例は、制御モデルをSimulinkでシミュレーションする際に使うプラントモデルの作成です。

制御モデルのシミュレーションは、【図1】に示すモデルベース開発のフローにおける「内部設計」のフェーズで実行します。
パワコンの制御モデルとは、電流制御モデルや保護モデル、システム制御モデルなどを組み合わせたもの【図2】。作成した制御モデルの動作をシミュレーションする際のプラントモデルとして使用します。

【図2】プラントモデルの作成に活用

例えば、制御開始指令が入力されると起動可能かを判定し、様々な起動シーケンスを経て、制御対象の電源回路に対するデューティ比の指令が変わり、電源回路から出力される電圧や電流が変化します。

この値をフィードバックすることで、制御モデル全体が正しく動作しているかどうかを検証する。プラントモデルはScideamで作成し、そのオプション・ツール「SL Palette」を介してSimulinkに接続しました。電源回路シミュレーターはScideamのほかに、様々なツール・ベンダーが製品化しています。

柴田氏によると、「電流制御モデルや保護モデル、システム制御モデルなどを組み合わせた『全部入りモデル』だと機械式リレーなども含まれるため、シミュレーションの対象時間が数秒間と長い。そうしたケースではScideam以外のシミュレーターは、当社の評価では解析時間が非常に長くかかる結果となった。このためScideamを採用した」とのこと。

活用例2:複雑な電源回路を解析

2つ目の例は、複雑な電源回路トポロジーの解析です。

柴田氏によると「要素技術の開発を目的に、マルチフェーズ方式やマルチレベル方式を採用したインバーターの開発に取り組んでおり、その評価などにScideamを活用した」とのこと。

マルチフェーズ方式は、インバータを複数個組み合わせた回路。2つのインバータを組み合わせれば2フェーズになり、フェーズ数を増やせば、回路全体の小型化などを実現できます。マルチレベル方式は、出力電圧のレベル数を増やした回路です。

一般的なインバータは2レベルですが、レベル数を増やせば出力電圧が正弦波に近づくため、LCフィルター回路を小型化できたり、スイッチング素子の耐圧を低くできたりするメリットが得られます。

ただし、マルチフェーズ方式やマルチレベル方式を採用すると、スイッチング素子が増えるため、PWM信号を複数個生成しなければならず、それだけ制御が複雑になります。

【図3】は、マルチフェーズ・インバーターなどで、スイッチング素子の立ち上がり/立ち下がり特性に個体差が存在するときに発生する出力信号の歪みを解析した結果と実機の測定値の比較であり、両者は一致しています。

【図3】シミュレーションと実測波形の比較

解析にはScideamを使った理由は2つあります。

1つは、スイッチング素子の個数が多い場合でも、ほかの電源回路シミュレーターに比べて解析時間が大幅に短いこと。
もう1つは、デッドバンド(デッドタイム)をスクリプトによって柔軟に追加できること。

「Scideam以外でもデッドバンドを挿入できるシミュレータがあるが、使いこなすまでの学習のハードルが高すぎる」(柴田氏)とのこと。

実際には、デッドバンドを挿入する場所や期間(幅)などを変えて複数の解析を実行した。この結果、「どのタイミングでどの程度の幅のデッドバンドを入れれば、出力電圧のどこが歪むかなどを把握できるようになった。将来のパワコンに向けた新しい制御方式の基礎技術を確立できた」(柴田氏)といいます。

活用例3:高速なグラフ・ビューワー 

3つ目の例は、オシロスコープなどで取得したCSV形式の測定データの詳細確認。

一般に、オシロスコープで取得したCSV形式の測定データはポイント数が極めて多い。
このため米Microsoftの表計算ソフトウエア「Excel」を使うと、表示するまでの処理時間が非常に長くなります。

もちろん、波形の立ち上がりエッジや立ち下がりエッジなどの詳細を確認する場合は、該当するポイントのデータだけを選択して表示させれば処理時間を短縮できるが、その作業はかなり面倒です。

一方、Scideamに付属するグラフ・ビューワ「Eschart(エスチャート)」を使えば、CSV形式の測定データを表示する時間を大幅に短縮できます。

例えば、CSV形式の測定データを表示した後に波形の立ち上がりエッジや立ち下がりエッジを画面上で選択して拡大させる場合も、瞬時に表示できます【図4】。

【図4】オシロで測定した波形の詳細確認が可能

さらにEschartが備えるレンジカーソル機能を使えば、画面上で選択した領域のデータを測定して、その結果をすぐに表示できます。
「オシロで測定したデータを実験のエビデンスとして簡単に残せるため便利だ」(柴田氏)という。

まとめ

「複雑な電源回路ほど、SCALE/Scideamの高速性が生きる。
 そして将来のパワコンに向けた新しい制御方式の基礎技術を確立できた。」(柴田氏)

村田製作所が2012年から着手した「All-in-One蓄電池システム」パワコンの開発。そこで求められた「超多機能な電源」にはモデルベース開発を導入し、開発期間の大幅な短縮とソフトウエア品質の向上を実現しました。その電源回路シミュレーション用のモデルの作成には「SCALE/Scideam」を採用されました。

現在、村田製作所ではScideamをパワコンの新製品開発のほか、その次世代機に向けた要素技術の開発でも活用中とのこと。Scideam×村田製作所様の進化により、持続可能な社会に向けた革新的な製品の開発にますます期待が深まります。

デジタル電源については、以下のリンクのまとめを併せてご覧ください。

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